日記

雑記・・個というものは(ライブ出演の告知も含め)

yoshiaki

こんにちは。
北川美晃です。

少しずつ春の兆しが感じられるようになりましたが、寒さも戻ってくる
三寒四温の季節に差し掛かってきました。

夕方に西の空を見ると、薄ぼんやりした春霞というような雰囲気が感じられる時もあり、
季節の進みを実感します。(黄砂や花粉はご勘弁・・・)

この2月、後半戦に入ってまいりました。

2月14日、エルム(名古屋市吹上)の高橋実花さんのライブは彼女の多くのファンで大賑わい。
普段、絶対に歌わない・・という歌がラインナップされ、私も驚きました。

今月、エルムはもう一度出演させていただきます。

2月26日(木)19時から

東京でラジオ番組も長く持っておられる、黒川泰子さんのライブです。

https://www.chanson-japonaise.com/event/黒川泰子/

一言で日本のシャンソン歌手は・・と思うなかれ、人それぞれ、表現や表出が違い、
日本の「十人十色」を超えた「個の存立」があるようです。

例えば、ブリア=サヴァランの『美味礼賛』では、「君が何を食べているか言ってみたまえ。君がどのような人間か言い当ててみせよう」とあるように、何をどのようにチョイスするかでその人が分かってしまう、というのはその典型例のように感じます。

日本だとファミレスなら「私は和風ハンバーグセット」「僕はチキンステーキ」というように異なるメニューも選べますが、例えば、「何がよろしいですか?」と聞かれて一人が「親子丼」と答えるとその場にいる皆が「じゃあ私も同じで」「私も同じもので」と同調する日本人ならではの光景はフランスでは奇異に映ることでしょう。
フランスだと、メニューにある料理に対して、「ソースは別添えで」「付け合わせをこれに変えて」「焼き加減はレアとミディアムの中間で」といった細かな要求が当たり前に出てくるからです。
日本では「メニューにある料理や組み合わせから選ぶ」ことはあっても、ここまで細かいリクエストを出すことは稀だと思われます。(もちろん、アレルギーに関しては必要ですが)
どうやらフランスには、相手に合わせることは「自分がない」証拠といういうのです。Non、という言葉から始まるように「反対意見を述べることこそが、相手に対する知的な敬意である」という文化があるというのです。

日本では近年、全く見かけなくなったストライキも当たり前のようにありますね。
フランスでは、電車が止まって不便を強いられている一般市民にインタビューしても、「迷惑だ!」と怒る人と同じくらい、「彼らには権利を主張する正当な理由があるからね」と肩をすくめて受け入れる人がいます。「社会全体の利便性」よりも「個人の権利・主張」を優先する姿勢が、社会全体に(ある種のあきらめと共に)根付いている、と言えるかと思います。

これは音楽でも同じ、フランスの歌、シャンソンは個性的な大衆音楽=人間そのものの音楽、というように感じています。

よろしければ一度、シャンソンの世界にもお越しくださいませんか?

2026.2.16

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